TikTok Shopのライブコマースはなぜ東南アジアで先に離陸したか——タイ・インドネシアの数字が語る二正面作戦
タイでTikTok Shopが3年でLazadaを逆転し2位に浮上、インドネシアでは独禁当局が調査に乗り出した。ShopeeとTikTok Shopの明暗を分ける決算数値と規制動向から、ライブコマースが東南アジアで先に離陸した理由と日本企業への示唆を読み解きます。
海外マーケティング事例

タイのEC市場で、TikTok Shopがわずか3年でシェアを27%から33%まで伸ばし、老舗Lazada(18%)を逆転して2位に浮上した。一方で隣国インドネシアでは、TikTok Shopの急成長ぶりに独占禁止当局が調査を始めている。同じ「ライブコマース」という武器を使いながら、タイでは順当な勢力図の書き換えが進み、インドネシアでは規制リスクが顕在化した——この明暗の違いこそ、東南アジアでライブコマースが先に離陸した理由と、日本企業が学ぶべき論点を同時に示している。
タイ:Shopee50%・TikTok Shop33%(前年27%から上昇)・Lazada18%。TikTok Shopは2024年に36.7億バーツの損失計上。インドネシア:Shopee47.5%・TikTok Shop33.4%・Tokopedia11.2%・Lazada6.2%(APJII2026年調査・利用率ベース)。
起点——タイの数字が示す逆転劇
✅ タイのEC市場は2025年に前年比51.8%という急拡大を遂げ、市場規模は1兆バーツ(約300億ドル)を突破、小売総額の約30%を占めるまでになった。この市場でShopee・TikTok Shop・Lazadaの上位3社が合計98.8%のシェアを握る寡占構造が続く。✅ 焦点はその内訳の変化だ。Nation Thailand(現地大手メディア)の報道によれば、TikTok Shopはこの3年間でシェアを大きく伸ばし、2026年時点で32〜33%に達してLazada(18%)を逆転、2位に浮上した。別の業界メディア(Tuke Marketing)は「2024年の27%から2026年の33%へ」という推移を報じている。単なる新興プラットフォームの台頭ではなく、既存の勢力図そのものが書き換わった事例として読める。
Shopeeはなぜ盤石なのか——BNPL・自社物流という参入障壁
✅ Shopeeがタイで50%という過半のシェアを維持できている背景には、後払い決済(BNPL)サービスと自社物流網「SPX Express」という2つの競争優位がある。✅ 2024年のShopeeは売上約500億バーツに対し46.3億バーツの黒字を計上しており、規模と収益性を両立させている。ライブコマースの派手さでTikTok Shopに話題を奪われがちだが、決済・物流という「地味だが模倣困難な」インフラ投資が、Shopeeの防御力の核心になっている。日本企業が海外ECに参入する際、コンテンツ施策ばかりに注目しがちだが、実際の勝敗を分けているのは決済・物流という基盤部分であることを、この数字は示している。
TikTok Shopは「成長のために赤字を選んだ」——36.7億バーツの損失の意味
✅ TikTok Shopは2位への浮上と引き換えに、2024年に36.7億バーツ(約1億ドル超)の損失を計上している。これは失敗ではなく、意図的な投資判断と読むべきだ。TikTok Shopが得意とするのは「衝動買い型(impulse-based)」の購買体験——ユーザーが最初から商品を探しているわけではなく、エンターテインメント視聴の延長線上で偶発的に購買する「ショッパーテインメント」というモデルだ。これは従来型の「意図型(intent-based)」購買(検索して探して買う)とは根本的に異なる導線設計を必要とし、クリエイター網の構築・ライブ配信インフラ・アルゴリズム最適化に先行投資が必要になる。黒字化より先にシェアを取りに行く経営判断が、この赤字の正体だ。
Lazadaは撤退ではなく転換した——「信頼性コマース」という第三の道
✅ 3位に後退したLazadaは、価格競争から撤退し「Authentic Commerce(信頼性コマース)」という戦略に転換した。ボリューム競争を諦める代わりに、ブランドの透明性・正規品保証・高単価商材への集中で差別化を図っている。✅ この戦略転換の結果、2025年のLazadaは14.5億バーツの安定した黒字を確保した。3社の決算を並べると、Shopee(黒字・規模重視)、TikTok Shop(赤字・成長重視)、Lazada(黒字・単価重視)という3つの異なる勝ち筋が同じ市場に共存していることが分かる。「シェアが一番大きい会社が勝っている」という単純化は、この市場では成立しない。
インドネシアは違う顔を見せる——GMVシェアと利用率シェアの乖離
調査手法によって見え方が変わる点もインドネシア市場の特徴だ。✅ 業界レポート(Momentum Works系データ)ベースのGMV(流通取引総額)シェアでは、Shopeeが地域全体で53%前後、TikTok ShopはTokopediaとの合算で見てもShopeeの regional GMV の約66%相当という報告がある。一方、✅ インドネシアインターネットサービスプロバイダー協会(APJII)が2026年6月に発表した最新の利用実態調査では、Shopee47.5%(前年53.2%から低下)、TikTok Shop33.4%(前年27.4%から上昇)、Tokopedia11.2%、Lazada6.2%という「どのプラットフォームを実際に使ったか」というユーザー行動ベースの数字が示されている。GMV(誰がいくら売っているか)とユーザー利用率(誰が実際に使っているか)は別の指標であり、混同して比較しないことが重要だ。⚠️ 本稿はいずれの数値も文脈を明記した上で併記し、単一の「シェア」として一本化していない。
2億3,500万人という土台——APJIIの最新調査が示す利用実態の変化
✅ APJIIの2026年調査によれば、インドネシアのインターネット利用者数は2億3,526万人に達し、人口2億8,789万人に対する普及率は81.72%に上る。この巨大な土台の上で、TikTok Shopは前年比で1,400万人以上のユーザー選択を新たに獲得したとされる。✅ 一方でShopeeの利用率は53.2%から47.5%へと約6ポイント低下、Lazadaも9.1%から6.2%へ低下している。国全体のネット人口が伸び続ける中で、既存プラットフォームの利用率が下がるという現象は、単純な市場拡大では説明できない「顧客の乗り換え」が起きていることを示唆する。
Tokopedia統合という賭け——なぜByteDanceは買収を選んだか
✅ 2023年末、TikTokはインドネシアの規制対応のため一時的にアプリ内EC機能を停止し、その後現地大手Tokopediaの株式75%を約15億ドルで取得、TikTok Shopのインドネシア事業をTokopediaのシステムに統合した。この「規制で止められたら、規制の枠内にいる現地企業を買収する」という判断は、単一プラットフォームでの規制対応より、現地の許認可・物流・顧客基盤を丸ごと取り込む方が早いという計算に基づく。✅ 統合の結果、TikTok ShopのインドネシアGMVは131億ドルに達し、米国に次ぐTikTok Shopにとって世界2位の市場に成長したと報じられている。
独禁当局が動き出した——インドネシアKPPUの調査という新しいリスク
✅ インドネシアの事業競争監督委員会(KPPU)は、TikTok Shopの事業運営について、市場支配・独占の意図がないかを調査する方針を明らかにしている。ByteDanceによるTokopedia買収・統合という急速な垂直統合が、競争法上の懸念を招いた形だ。⚠️ 調査が実際にどのような結論・是正措置に至るかは本稿執筆時点では未確定であり、断定的な予測は避ける。ただし、プラットフォームが急成長する過程で規制当局の目が向けられるのは東南アジアに限った話ではなく、日本企業が現地パートナーとしてTikTok Shop等に依存する戦略を組む場合、規制動向を継続的にウォッチする必要があることを示す事例だ。
なぜ東南アジアで先に離陸したのか——3つの条件が重なった
タイ・インドネシア両国の状況を重ねると、ライブコマースが先に離陸した条件が見えてくる。第一に、両国ともモバイル経由のネット利用が圧倒的多数を占め、スマートフォンでの動画視聴習慣が既に定着していたこと。第二に、Shopee・Lazadaという既存プラットフォームが「検索して探して買う」意図型購買に最適化されていたため、「見ていたら欲しくなる」衝動型購買という別の顧客層がまだ十分に開拓されていなかったこと。第三に、東南アジア各国のEC市場自体が急拡大期にあり、新規参入者がシェアを奪うより「新しく生まれる需要」を取りに行く方が政治的コストが低かったこと。日本のように既存のEC市場が成熟し、消費者の購買行動が固定化している市場では、同じ手法がそのまま通用するとは限らない。
日本企業が陥りやすい誤解——「ライブコマース=水物」という決めつけ
日本企業の実務担当者と話すと、「ライブコマースは一時的なブームで、東南アジアでも近いうちに落ち着く」という見立てをよく聞く。しかし数字が示すのは逆の傾向だ。タイでは市場規模自体が前年比51.8%で拡大を続けながら、その中でライブコマース中心のTikTok Shopのシェアが伸び続けている。一時的な流行であれば、市場拡大が止まった時点でシェアも頭打ちになるはずだが、現時点ではその兆候は見られない。むしろ、ライブコマースは「販促手段の一つ」から「取引の基幹インフラ」へと位置づけが変わりつつある、という見方の方が実態に近い。
日本企業への示唆——3点に整理
示唆1:GMVシェアとユーザー利用率シェアを混同せずに使い分ける。「どのプラットフォームが一番売れているか」(GMV)と「どのプラットフォームが一番使われているか」(利用率)は別の問いだ。パートナー選定・出店判断では、自社商材の購買導線(意図型か衝動型か)に合わせてどちらの指標を重視すべきかを先に決める。
示唆2:赤字覚悟の投資フェーズにあるプラットフォームは「今が安い」可能性がある。TikTok Shopのような成長優先・赤字覚悟のプラットフォームは、広告費・出店条件が相対的に有利な時期であることが多い。ただし継続性は保証されないため、複数プラットフォームへの分散出店でリスクを抑える設計が現実的だ。
示唆3:現地プラットフォームの規制動向を継続的にウォッチする。インドネシアKPPUの調査のように、急成長するプラットフォームには競争法・データ保護法・広告開示規制など複数の規制リスクが同時に及ぶ。単一プラットフォームへの依存度が高いほど、規制変化の影響を受けやすい。
「東南アジア=一つの市場」という誤解を超えて
タイとインドネシアという隣接する2つの市場だけを見ても、プラットフォームの勢力図・規制環境・成長段階はまったく異なる。タイではTikTok Shopが正面から既存2社と競争しシェアを奪っているのに対し、インドネシアではTikTok Shop自身が現地企業を買収して規制を迂回しつつ、その垂直統合そのものが新たな規制リスクを招いている。「東南アジアで成功した施策を他の東南アジア諸国にも横展開する」という発想は、国ごとの規制・競争環境・購買心理の違いを軽視すると機能しない。日本企業が東南アジア展開を検討する際は、国ごとに個別のプラットフォーム力学・規制動向を確認する工程を省略すべきではない。
よくある質問
Q. タイでTikTok ShopはLazadaを完全に上回ったのですか?
A. ✅ 2026年時点の複数の報道によれば、TikTok Shopのシェアは32〜33%でLazada(18%)を上回り2位に浮上しています。ただし1位のShopee(50%)とはなお開きがあります。
Q. インドネシアでもTikTok ShopはShopeeを超えましたか?
A. いいえ。✅ GMVベース・利用率ベースいずれの指標でも、2026年時点でShopeeが依然として首位です(利用率:Shopee47.5%対TikTok Shop33.4%、APJII2026年調査)。ただしTikTok Shopの伸び率はShopeeを大きく上回っています。
Q. なぜインドネシアでTikTok ShopはTokopediaを買収したのですか?
A. ✅ 2023年末にインドネシア政府の規制でTikTok Shop単体でのEC運営が制限されたため、現地大手Tokopediaの株式75%を取得し、その枠組みの中でEC事業を継続する道を選んだと報じられています。
Q. 日本企業が東南アジアでライブコマースを始める際、まず何を確認すべきですか?
A. 進出予定国ごとに、①主要プラットフォームのGMVシェアと利用率シェアの両方②自社商材が意図型・衝動型どちらの購買に向くか③現地の広告開示・データ保護・競争法の規制動向、の3点を個別に確認することを推奨します。
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Nation Thailand「Digital Dominance: E-Commerce Now the 'Backbone' of Thai Retail」https://www.nationthailand.com/business/economy/40065621 / Thailand Business News「Thailand's e-commerce market surged by 51.8% in 2025」https://www.thailand-business-news.com/tech/ecommerce/301785-thailands-e-commerce-market-surged-by-51-8-in-2025 / Tuke Marketing「Thai e-commerce has changed! TikTok Shop's market share skyrockets to 33%」https://www.tktk.com/en/news/3592.html / IDN Financials・The Leap(APJII 2026年インターネット利用動向調査解説)https://theleap.id/detail/4310/tiktok-shop-surges-in-indonesia-as-shopee-and-lazada-see-declining-user-access-in-2026 / Ebrun「TikTok Shop Gains Rapid Market Share in Indonesia」https://english.ebrun.com/20260620/681201.shtml / Digital in Asia「TikTok Shop & Shopee GMV Tracker: SEA 2026」https://digitalinasia.com/tiktok-shop-shopee-gmv-tracker/ / Magpie IQ「Indonesia E-Commerce Market 2026」https://magpieiq.com/insights/indonesia-ecommerce-2026/ / Kompas「KPPU investigating TikTok Shop business in Indonesia」https://www.kompas.id/artikel/suspected-of-wanting-to-carry-out-a-monopoly-kppu-starts-investigating-tiktok-shop-business-in-indonesia / Atlas UDX method-datalake `country/thailand・indonesia/digital_landscape.yaml`(日本企業向け失敗パターン参照)/ 調査・検証時点:2026年8月2日。
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