実務ガイド
海外のB2B案件や公共調達では、提案の中身より先に「提出様式・評価項目・言語・通貨・必須資格」で一次落選することがあります。日本語の提案書を機械翻訳して体裁だけ整えても、発注側の採点表に沿っていなければ点数になりません。本記事では、公共調達ポータルの前提と、民間RFPでよく落ちる点を分けて整理し、現地語・現地会計に合わせた提案書の最低限の基準をわかりやすく解説します。
誤解の中心は、「製品が優れていれば、英語の会社紹介を付ければ一次は通る」という前提です。公共調達でも民間RFPでも、発注側は評価項目ごとの回答を採点します。会社紹介が厚いだけでは、必須項目が空欄のまま落ちます。英語が読める担当がいても、公告の言語が現地語のみ・提出様式が指定Excelのみ、という案件は普通にあります。
もう一つの誤解は、「ローカライズ=翻訳」と同一視することです。翻訳は必要ですが、足りません。通貨単位、価格表の列、証明書の名称、実績の書き方(顧客名を出せるか)、ページ上限まで含めて現地の提出物に合わせる作業がローカライズです。翻訳だけ終えた状態で提出すると、形式不備で無効になるリスクが残ります。
社内でこの誤解が残ると、営業は製品デモの準備に時間を使い、提出様式の確認が後回しになります。キックオフの最初の15分で、「評価項目の写経が終わるまで本文を書かない」と決めておくと、手戻りが減ります。決めた内容は案件フォルダのREADMEに1行残します。
着手の1点は、公告・入札説明書・RFPの評価項目と配点を、自社シートに写すことです。列は「評価項目/配点/書く材料/証拠資料/担当」の5つで足ります。見出しは公告の文言をできるだけそのまま使い、審査側が採点しやすい並びにします。配点が高い項目からページを割り当てます。
写経が終わる前に本文を書き始めると、自社の強みが先に並び、発注側の採点表とずれます。写経に半日かかっても、提出後の差し戻しより安いです。公共案件では、ポータルから落としたPDFの版番号と取得日をシート先頭に残します。
民間RFPでも同じです。Excelの質問票がある場合は、質問IDごとに回答セルを埋め、別PDFに長文を逃がすルールがあるかを先に確認します。ルールを破ると、採点対象外になることがあります。
写経表は案件終了後も残します。次の類似案件で、どの項目に何時間かかったかを振り返ると、見積もりの精度が上がります。振り返りは30分でよく、完了日と反省点を3行書けば足ります。
公共調達は、国・自治体・国際機関ごとに公告ポータルと参加資格が決まっています。EUの公共調達情報は、欧州委員会のTED(Tenders Electronic Daily)で公告されます。米国連邦調達はSAM.govで案件検索と登録の手続きが始まります。案件ごとに登録・資格・電子提出の手順が違い、期限も厳格です。民間RFPは発注企業の書式が主導で、NDAやポータル登録が先に来ることもあります。
日本企業が海外の公共案件を見るときは、対象国の公式ポータルを正本にします。二次まとめサイトだけで応札判断しない方が安全です。逆に、海外企業が日本の政府調達を探すときは、JETROが政府調達情報のアクセスポイントとして位置づけられている、という説明がEU側の公式ガイドにもあります。国ごとに参照先が違う、という事実が先です。
公共と民間を混同すると、必須資格の取りこぼしが起きます。公共は参加資格・電子証明書、民間はNDA・保険・データ所在地の質問が重い、という違いを1行でメモします。メモが無いと、同じ「RFP」という言葉で社内の準備物がバラバラになります。
公共案件では、公告の取得日・版番号・問い合わせ期限を表の先頭に書きます。民間案件では、提出ポータルのURLとログイン担当を同じ行に書きます。どちらも、口頭の共有だけにしない方が再発防止になります。
1. 評価項目への非対応。自社の沿革・製品カタログを先に並べ、公告の評価項目順に答えていない。審査側は採点表の行を埋められず、該当項目がゼロ点になります。見出しを公告文言に合わせ、回答を項目ごとに切るのが基本です。
2. 言語・通貨・単位の不一致。提出言語が指定されているのに日本語原稿の直訳混在、価格が円のみ、小数点・桁区切りが現地慣習と違う。価格表のヘッダ翻訳漏れも形式不備になります。通貨換算の基準日をRFPが指定している場合は、その日のレートと出典を脚注に残します。
3. 必須資格・証明書の欠落。現地の事業者登録、保険、ISO、データ保護の誓約、過去実績の書式が足りない。取得に数週間かかるものは、応札判断の前にチェックリスト化します。期限内に揃わないなら、見送る判断を早めにします。
いずれも「製品が弱い」以前の、提出物の設計の問題です。社内では技術説明会の前に、様式チェックを別担当が行います。様式チェックの結果は、OK/要修正/応札見送りの3択だけ残します。あいまいな「だいたい大丈夫」は禁止にします。
パターン1〜3は、提出前の読み合わせでほとんど拾えます。読み合わせの参加者は、提案執筆者・様式担当・現地語が読める人の3名がいれば足ります。現地語が読める人がいない場合は、提出を止め、外部レビューの手配日を決めます。
最低限の基準は次の5点です。①提出言語で本文・価格表・証明書名を揃える。②価格は指定通貨(または換算ルール)で揃える。③会計・税の前提(税込/税別、Incoterms、支払サイト)をRFPの用語で書く。④実績は、出せる範囲で現地の評価項目が求める粒度(件数・金額帯・類似領域)に合わせる。⑤ページ上限・フォント・ファイル形式を守る。
①と⑤は翻訳会社だけでは足りず、提出経験のある現地パートナーか社内の現地担当の最終確認が必要です。②と③は財務・法務の確認を入れます。④は営業の記憶ではなく、契約書・完了証の写しで裏取りします。裏取りできない実績は書かない方が安全です。
基準を社内テンプレにするときは、国別ではなく「案件タイプ別」(公共/民間、IT/建設/物品)に分けます。国が変わっても、チェック項目の骨格は同じです。テンプレの版番号を上げるたびに、変更点を1行で残します。版が分からないテンプレは使わない方が安全です。
現地会計の用語は、自社の経理用語に置き換えすぎない方がよいです。RFPが使う語(税別、NET、Incotermsの記号など)を優先し、社内用語は括弧で補足します。補足が長くなる項目は、別紙の用語集に逃がします。
提出48時間前に、次を機械的に確認します。評価項目の見出しと提案書の章が1対1か。必須添付の一覧にチェックが付いているか。価格表の通貨・税・有効期限がRFP通りか。電子提出のアカウント・電子署名が使えるか。連絡先の時差と問い合わせ窓口が現地時間で応答可能か。
1つでも欠けるなら、提出を延期できるか発注側に確認します。確認できない場合は、欠落項目を表紙に「未添付の理由と取得予定日」として明示するか、応札自体を止めます。曖昧なまま出すと、一次で落ちるだけでなく、次回の信用にも影響します。
チェック担当は、提案本文を書いた人と分けます。書いた本人は項目漏れに気づきにくいです。30分の読み合わせでも、形式不備の多くは拾えます。読み合わせの記録は、チェック項目ごとのOK/NGだけ残し、感想文は書かなくてよいです。
提出当日の朝にも、ファイル名と容量制限だけ再確認します。ポータル側の上限を超えると、締切直前にアップロードが失敗します。失敗した記録も案件フォルダに残し、次回の容量見積もりに使います。
海外マーケ用のブランド資料は、RFP回答の代替になりません。ブランド資料は「誰にでも通じる強み」を語り、RFPは「この発注者が採点する行」に答えます。同じ図表を使う場合でも、キャプションと見出しを評価項目の言葉に差し替えます。
デジタルマーケティングのチームが提案書を主導すると、デザインは整っても採点表との対応が薄くなりやすいです。主導は提案責任者、デザインは体裁担当、に役割を分けると一次通過率が安定します。役割分担を案件キックオフの1枚に書いておくと十分です。
今週の1点は、進行中または直近の海外RFP/調達案件1件について、評価項目の写経表を完成させることです。案件が無ければ、TEDまたはSAM.govで自社領域の公告を1件開き、評価・提出要件だけを写します。提出はしなくてよく、写経の練習が目的です。
表ができたら、自社の標準提案テンプレの見出しを、その評価項目順に並べ替えます。並べ替えできない章は、テンプレから外すか、付録に下げます。翌週の案件で、写経→並べ替え→本文、の順を固定します。順が守れていれば、一次落選の形式要因は減らせます。
写経表の保管先は共有フォルダの固定パス1つに決めます。個人メールの添付だけに残すと、次回の案件で再利用できません。更新日と案件名をファイル名に入れます。ファイル名の型を社内で1つに決めておくと、検索が早くなります。
練習で開いたTED/SAM.govの案件は、自社の製品領域に近いものを選びます。遠い領域の公告を写しても、評価項目の感覚が社内に残りにくいです。近い領域が無い週は、写経を止めず、隣接領域(例:ITなら関連サービス)で1件やります。
A. 足りないことが多いです。提出言語・様式・評価項目への対応が先です。英語は手段の一つにすぎません。
A. 対象国の公式ポータルを正本にします。EUはTED、米国連邦はSAM.govが代表例です。二次サイトだけで判断しない方が安全です。
A. 評価項目と配点の写経表です。本文執筆より先に、採点表との対応を固定します。