翻訳したコピーが刺さらない理由——ローカライズとトランスクリエーションの違い
直訳・ローカライズ・トランスクリエーションは工程が違います。仕様は訳し、スローガンは作り直す。CSA 2020の言語選好と、予算に応じた使い分けを整理します。
実務ガイド

海外用の見出しが弱いとき、原因は語学力不足より、工程の取り違えです。仕様書は訳せば足ります。スローガンとLPの第一行は、同じ感情を別の言葉で作り直す仕事です。国際翻訳家連盟(FIT)は、トランスクリエーションを「原文と同じ効果を出すために適応・再創造する過程」と整理しています。本記事では、3つの工程の違いと、予算に応じた使い分けを解説します。
- 翻訳(コンベンショナル):原文の意味を、別の言語で正確に移す工程。ISO 17100が対象にする中核。
- ローカライズ:言葉に加え、日付・通貨・画像・規制表示など、その土地で使える形に直すこと。
- トランスクリエーション:意図と感情を保ったまま、見出しやキャンペーンを現地で書き直すこと。
- ロケール:言語だけでなく、国・地域の書式と商習慣の組。en-USとen-GBは別ロケールです。
- ブリーフ:誰に、何を感じさせ、何をしてほしいか。訳文ではなく、この紙が先です。
- ポストエディット:機械翻訳の出力を人が直す工程。見出しの作り直しとは別物です。
直訳・ローカライズ・トランスクリエーションは別の工程
3つを同じ「翻訳」と呼ぶと、発注も検収もずれます。FITのポジションペーパー(Translation, Localisation and Transcreation)は、従来の翻訳を翻訳という上位概念の一類型とし、ローカライズとトランスクリエーションを別類型として置いています。トランスクリエーションの定義は、CSA Researchの整理を引用した形で、「原文と同じインパクトを届けるための適応・再創造。新コンテンツ、適応、画像、従来翻訳の混成になり得る」と書いてあります。発注書に「翻訳一式」とだけ書くと、3類型のうちどれで検収するかが決まりません。
ローカライズは、ソフトウェアやサイトで先に使われた言葉です。文言の正確さに加え、半角の日付、税込表示、住所欄の郵便番号、禁止表現のチェックが入ります。カートが現地の決済と住所で最後まで進むか、が検収です。
トランスクリエーションの検収は、現地のコピーライターが「この見出しで止まるか」です。原文の単語が残っている必要はありません。残すべきは、ブランドが約束している感情と、次の行動です。単語の一致率で検収すると、必ず翻訳側に引き戻されます。
| 翻訳 | ローカライズ | トランスクリエーション | |
|---|---|---|---|
| 目的 | 意味が同じ | その土地で使える | 同じ感情・同じ行動 |
| 向く原稿 | 仕様、契約、FAQ本文 | UI、ヘルプ、商品スペック | スローガン、LP見出し、動画ナレ |
| 検収 | 用語の一致 | 書式・規制・決済が通る | 現地の反応(テストまたはレビュー) |
| 主担当 | 翻訳者 | 翻訳+エンジニア | コピーライター+文化監修 |
翻訳したコピーが刺さらない理由
日本語の広告は、余白と漢字の響きで効くことがあります。「心」「匠」「おもてなし」を英語に残すと、現地では中身が空に見えます。逆に、英語の押韻やダブルミーニングを日本語に単語ごと移すと、ダジャレだけが残ります。どちらも、意味は通っているのに、買う理由が消えます。社内のネイティブチェックが「文法は正しい」で止まると、このずれは見えません。
CSA Researchの「Can't Read, Won't Buy – B2C」(2020年7月公表)は、29カ国8,709人(Kantarが31,933人から検証)に聞いています。オンライン買い物客の76%が、母語の商品情報を好む。40%は、他言語のサイトからは買わない。73%は、少なくともレビューは自分の言語で欲しい。65%は、質が低くても自分の言語の方がよい、と答えています。調査は2020年です。2026年のAI翻訳の普及後も、同じ設問の後継公開は見当たりません。数字は「英語サイトがあれば足りる」への反論として使い、今年のコンバージョン率としては使わないでください。
言語がある、と、刺さる、は別です。76%は情報の言語を求めています。スローガンの感情までは測っていません。レビューとスペックはローカライズ、第一行はトランスクリエーション、という分けが、この調査の読み方です。
仕様書とスローガンでは工程が違う
ISO 17100:2015は、翻訳サービスの工程(翻訳、チェック、必要なら見直し)を定めた規格です。対象は翻訳サービスの提供です。スローガンの再創造を、この規格のチェックリストだけで合格させる設計ではありません。
商品ページは、1画面に両方あります。成分表・サイズ・返品条件は翻訳とローカライズ。ヒーローの一文とバナーはトランスクリエーション。同じPOで「全文を翻訳」と書くと、ヒーローも単語対応になり、スペックだけが正しくなります。
例えば、返品期限を「30 days」から「30日間」にし、日付の書式を現地にするのはローカライズです。同じページの「Made for mornings」を「朝のための製品」と直すと、意味は残って感情が落ちます。現地の朝の習慣(通勤、学校、祈りの時間)に合わせて書き直すのが、トランスクリエーションです。
機械翻訳を見出しに載せたときに起きること
Language I/Oは2025年4月23日、自社が分析した2,700万件超のビジネス翻訳について公表しました。ChatGPTやGoogle翻訳のような単一モデルでは、ビジネス文の約30%が受け手に誤解される、としています。専門用語を含む文の65%は、文脈に応じた複数の訳が必要だった、ともあります。これはベンダー自身の分析です。対象はサポート文や社内メッセージに近い層で、広告の見出し専用の実験ではありません。
それでも運用の含意ははっきりしています。チャットの一次応答に機械翻訳を置くことと、出稿する見出しに同じ出力を置くことは、リスクの種類が違います。前者はオペレーターが直後に直せます。後者は、出稿した瞬間にブランドになります。
ポストエディットは、機械の出力を人が直す工程です。ブリーフから書き直すトランスクリエーションとは、発注書の行が違います。見出しにポストエディット料金だけを付けると、原文の骨格が残ったまま現地に出ます。
誤訳の教訓は、社名より工程に落とす
スローガンが別の言語で逆の意味に読まれ、キャンペーンを打ち切った、という話は、業界解説で繰り返し出ます。金額や「何カ国で」まで一次の適時開示で追える例は、本稿では置きません。使える教訓は狭いです。効果を売る一文は、対訳表ではなく、現地語のブリーフから書く。
炎上しやすいのは、宗教・身体・性別・歴史の比喩を、単語ごと移したときです。原文が冗談でも、到着地では侮辱になります。ここは翻訳者の用語集では足りず、現地の監修者が「出してよいか」を一票持っている必要があります。
画像も工程に入ります。左手、靴、酒、肌の露出は、国によって広告規制と慣習が違います。文言だけ訳してキービジュアルを使い回すと、ローカライズ未了のまま出稿したことになります。
予算に応じた使い分けの基準
全部をトランスクリエーションにすると、制作が止まります。全部を翻訳にすると、広告だけが弱くなります。分ける単位はページではなく、要素です。
先にトランスクリエーションを付けるのは、検索広告の見出し、LPの第一画面、動画の最初の5秒、ブランドスローガンです。数は少なく、1市場あたり数本です。ブリーフ(誰に/何を変えたい/禁止表現)と、現地コピーライターの時間を、ここに集中します。本数が増えるほど単価は翻訳に近づき、感情の作り直しではなく用語の揃えになります。
ローカライズで足りるのは、カート、マイページ、ヘルプ、仕様、価格と税、配送日数目安です。ここはISOの工程と用語集が効きます。機械翻訳+ポストエディットを置くなら、この層です。サポートチャットは、Language I/Oが扱う層に近いので、用語集と人間の最終確認を残してください。ここをトランスクリエーション料金で発注すると、予算が第一画面に回りません。
市場の優先は、売上の大きいロケールの第一画面から、です。CSA 2020の40%(他言語サイトでは買わない)は、英語のまま置く市場の上限を考える材料です。2020年時点の回答であり、2026年の自社コンバージョンではありません。
同じ英語でもロケールが違う
英語1本にまとめる発注は、よく起きます。en-USとen-GBは、綴り、税込表示、返品の法定表現、日付の月日順が違います。FITが置くローカライズは、言語だけでなくロケール(書式と商習慣)です。英語圏でも、カートとヘルプはロケール分割が先です。
アラビア語は右から左へ組むので、ボタンの位置と数字の形が変わります。中国語は簡体と繁体で語彙が分かれ、台湾と香港でも決まり文句が違います。ここまでがローカライズです。同じ簡体の市場でも、ECの第一行の冗談が通るかは、トランスクリエーションの問題です。言語タグを1つにしただけでは、どちらも終わりません。
検収のとき、「英語版ができている」は条件になりません。どのロケールの、どの要素か、を発注書の行と一致させてください。en-USの見出しをen-GBに流用するなら、綴りと通貨記号だけ直すローカライズで足りるか、感情まで作り直すかを、その行で決めます。
よくある質問
Q. 英語ができればトランスクリエーションは不要ですか。
英語ができることと、現地の広告として止まることは別です。en-USとen-GBでも、税表示と綴りと冗談の範囲が違います。
Q. 機械翻訳のあとに人が直せば十分ですか。
仕様とチャットなら、その工程で足りることが多いです。見出しは、原文の骨格を残す直しでは感情が戻りません。ブリーフから書き直してください。
Q. どこから予算を付ければよいですか。
売れている市場のLP第一画面と検索広告の見出しです。ヘルプ全文のトランスクリエーションより、先に効きます。
発注前に決める3点
原稿を、翻訳/ローカライズ/トランスクリエーションのどれで検収するかを、要素単位で分ける。スローガンと第一行には、対訳表ではなく意図のブリーフを付ける。機械翻訳はチャットとヘルプに限り、出稿見出しには載せない。3点が発注書に書けると、「訳が下手」会議は終わります。
2026年8月時点で使える数字は、CSA 2020の言語選好(76%/40%/73%)と、Language I/O 2025年4月の単一モデル約30%誤解(ベンダー分析)です。前者は情報の言語、後者はビジネス文の誤解です。どちらも、スローガンの作り直しを代替しません。刺さらないコピーの直し方は、語を増やすことではなく、工程を分けることです。発注の次の週に、第一画面だけ現地語で出し、反応を見てからヘルプを広げる、という順でも構いません。
UDXでは、海外向けサイトと広告を、仕様のローカライズと見出しのトランスクリエーションに分け、ロケールごとの発注単位まで落とします。
相談する →出典(2026年8月調査)
- FIT “Position Paper on Translation, Localisation and Transcreation”(トランスクリエーション定義はCSA Researchの整理を引用)
- CSA Research “Can't Read, Won't Buy – B2C” 2020年7月9日(29カ国8,709人。76%が母語の商品情報を好む、40%は他言語サイトから買わない) https://www.newswire.com/news/survey-of-8-709-consumers-in-29-countries-finds-that-76-prefer-21174283
- ISO 17100:2015 Translation services — Requirements for translation services
- Language I/O 2025年4月23日公表(2,700万件超、単一モデルで約30%が誤解。ベンダー分析) https://www.prnewswire.com/news-releases/language-io-study-reveals-30-of-ai-translated-business-messages-are-misunderstood-creating-million-dollar-problems-302435238.html
- MultiLingual 2025年3月号(大規模LSPのサービス構成。トランスクリエーションは相対的に少ない) https://multilingual.com/magazine/march-2025/translation-at-the-center/
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